所属する陸士108部隊の受付に見慣れない来訪者が現れた。
ザフィーラと名乗る背が高い男だった。狼が素体の使い魔だろうか。その特徴を示す耳と尻尾がある。そしてさらに目を引くことはやたら可愛らしいファンシーな包みを持っていることだった。
「ゲンヤ・ナカジマ三佐はおられるだろうか。八神二佐からの届け物を預かっている」
受付の人物は少々困惑した。
もちろん6課を新設した八神二佐の名前は知っている。掲示された身分証は八神はやての関係者であることを示している。
困惑しているのは、どう見ても布の中に入っているのが弁当箱にしか思えないことだった。
他所の部隊長からのわざわざ人を使っての届け物が、まさか中身がそんなもののわけがない。少なくとも前代未聞だ。
「ゲンヤ三佐は今おられますよ。お呼びましょうか?」
「お願い……いや遠慮しよう。では失礼する」
ザフィーラはゲンヤに直接会ってみたかった。話に聞くだけでまだ会ったことはないのだった。
しかしさすがにそれだけで呼び出すのは迷惑だろう。
だがそのような気遣いは無駄になった。
「あ、ナカジマ三佐来ましたよ」
受付の女性は白髪の男性のことを指していた。ゲンヤは自分の名前が言われたのが聞こえたのだろう。向かってきていた。
「おう。八神のところのザフィーラじゃねえか。うちに何か用か」
ゲンヤは管理局には長く勤めているのだろう。
ならば第一級捜索指定ロストロギア、闇の書に関する事件は知っているに違いない。指名手配されていた手前、姿を知られていたのだろう。こういうことは珍しいことではない。
「プライベートな用事だ。はじめましてだな、ナカジマ三佐」
「そうか、初対面だったな。八神からよく話を聞くんで錯覚してたぜ」
「これを受け取ってくれ。主が作った弁当だ」
ずいと、ファンシーな包み、中身はザフィーラが言ったとおりである弁当を差し出す。
「は? 用事ってそれか」
ゲンヤはあっけに取られ、反射的に受け取った。
「ああ、気合を入れていたぞ。……伝言も預かっている。あきらめない、とのことだ」
本当のことを言えば、私のお嫁さんスキルを確認したってや、等いろいろなことを含められたが、自分の口からいうのは無理だ。ザフィーラは一言にまとめて伝える。
ゲンヤは呆れてため息をついた。いい年の娘が自分のような中年を相手してどうするのだ。無益にもほどがある。
「弁当の配達を頼まれたのか。守護騎士も大変だな」
「暇だったのでな。主の幸せを願い行動するのが守護騎士だ」
「なら間違いを正したほうがいいんじゃないか? 俺はいい加減に年だぞ」
「趣味まで口は出さん。それにヴォルケンリッターの総意は反対ではない」
年については、そっちの方が貫禄があっていいというプラス意見までシグナムなどは出していた。ザフィーラ個人としても反対する理由がない。
「本当かよ。おまえたちは変わってるな」
渡された手元の弁当に目をやる。大量の中身を思わせるずっしりとした重量があった。
六課はいまだ軌道に乗り切っておらず、忙しいはずだが大丈夫なんだろうか。
作ってる様子を想像してみるが、やはりゲンヤには娘のようにしか思えなかった。
自分には想いに応えることはできそうにない。子供や立場、年齢をを考慮するまでもなくそうなのだからどうしようもないだろう。
しかしつき返すのははやてにも悪いし、わざわざ届けてくれたザフィーラにも悪い。
そのうち自分には飽きるだろうと、今日のところは受け取ることにした。
「やたら弁当大きいな」
それは驚くべきことに四段の重箱だった。とても一人で食べきれる量ではない。できて二段だろう。
「少し調子にのって作りすぎてしまったそうだ。それにギンガの分もある」
ギンガと一緒ならば、このくらいは食べるだろう。
あの娘はいい年をして男の自分と同じぐらい食べるのだ。ついでにいうと料理の腕もかなり悲惨である。外見に見合った、もう少し女性らしさを持って欲しい。
「ギンガはこのことを知っているのか」
「ああ。弁当の件でなにやら主と話をしていたぞ。おそらくは知っているだろうな」
「そうか」
ギンガは何を考えているのだろうか。もし自分とはやてがくっつけば、ギンガ自身と同じころの母親ができるわけである。
最近娘とは仕事の話しかしていない。物理的に遠いところで仕事をしているスバル以上に、ギンガを遠くに感じた。
ゲンヤは仕事中である。このまま話を続けるのは迷惑だろうとザフィーラは立ち去ることにした。
ザフィーラは挨拶をすると、六課の方へ戻っていった。
今日も今日とてはやては残業だった。すでに日付が変わろうとしている。新設された部隊長という肩書きに回ってくる書類仕事は多いのだ。
「ザフィーラ、ゲンヤさんにお弁当受け取ってもらえた?」
挨拶もそこそこにザフィーラのところへと、帰宅したはやては駆け寄った。
「はい。最初は受付に預けようと思いましたが、本人と偶然会ったので手渡しました」
「おーおー。そかそか。受け取ってもらえたかー。喜んでもらえたやろか」
一度振られているのだ。好意は受け取れないと、最悪つき返されることを予想していた。
ほっとして鼻歌など諳んじながら、着替えるために自室へと向かう。
はやては仕事で休みが取れるのはまだ先になりそうだ。直接会って感想を聞くような機会はしばらく作れそうにない。
「あれ? 何をやっているんですか、はやてちゃん」
私服に着替えたはやては台所に来るなり、エプロンをつけてなにやら料理をしだした。
シャマルは不思議そうな表情でそれを眺めた。
この時間だったら、はやては仕事場で食べてきているはずだった。
夜食にしては手間が掛かったものをしている。
「明日の弁当のための下ごしらえや。今からやっておけば朝から楽チンやからね」
「明日もお弁当作るんですか?」
てっきり今日一度だけだと思っていたシャマルは聞き返した。
「もちろんみんなの分も作るで。最近帰ってくるのが遅くて、ご飯作れてなかったからなー」
「わぁい。久しぶりのはやてちゃんのご飯、楽しみにしてますね。私も手伝いますね」
「なら、そっちの野菜洗って皮むいててな」
味付け以外なら、シャマルは何も問題は起こさない。その一点以外に関しては保障はできないが、安心して任せられる。
「主はやて、次に弁当を持っていく役は私に任せてもらえないでしょうか」
リビングでテレビを見ながら休んでいたシグナムが身を乗り出してきた。
ザフィーラからゲンヤと会ったと聞いて、自分も一度会って挨拶をしておくべきだと気真面目な烈火の将だった。
「あ、ずるーい。シグナム、私にも任せて欲しいな」
ここまではやてが入れ込んでいるのだ。シャマルもゲンヤがどんな人物なのか気になってくる。
隊舎で待機しているヴィータも、こうなってくると便乗して自分も行きたいと言うだろう。
はやては全員のスケジュールを頭の中で走らせる。答えはノーだった。
「だめやね。二人とも明日はいろいろ予定あるやろ? とりあえず明日はまたザフィーラに頼むで」
「はい……わかりました」
こういうのは己の性分ではない。しかし一度は行ってしまった以上、あまり抵抗はなかった。諦めた心地で了承する。
ザフィーラは二人からうらやましそうな視線を向けられる。
「ならば、その翌日はどうでしょう。予定がなかったですし、午前に休暇をとります」
「ならその次が私が有給を使うわっ」
シグナムに続いてシャマルが名乗りを上げる。
なんだかなあ、とはやては二人のやりとりを苦笑で見つめる。
「まぁ、個人で有給をどう使うかまでは文句はいわへんけどな……。ゲンヤさんは仕事中なんやから、迷惑かけたらあかんで?」
「はっ。もちろん承知しております」
シグナムは力強く頷いた。
「じゃ、明日はよろしくな、ザフィーラ」
「これからも続けるのですか」
それだけは確認しておくべきところだった。
「そうや。ご飯は毎日食べるものやからな」
ザフィーラははやての体調が気に掛かった。
朝のことを思い出す限り、弁当を作るのに一時間は早く起きなければいけないはずだ。
はやては激務に携わっている。
一日くらいなら大丈夫だろうが、連日ともなると疲れを溜めないかとザフィーラは気に掛かった。
はやてによる弁当の宅配。
一度だけだったならば、そこまで大騒ぎになることはなかっただろう。
噂的にもゲンヤの心象的にも。
「昨日も来たザフィーラだ。またゲンヤ三佐に届け物がある」
次の日だけだったならば、ゲンヤも苦笑で終わっていたに違いない。
「シグナムという。ゲンヤ三佐に届け物があるのだが、おられないだろうか」
この辺からおかしくなってきた。
この次の日来たのは今まで来ていたザフィーラではなかった。武装隊でも人気のあるシグナムだったことで話題性が挙がった。
もっともゲンヤは結局忙しく顔を合わせることはなかった。弁当を受付から受け取る時の表情が印象的だった。
次の日やってきたサフィーラには会ったので聞いてみたところ、ヴォルケンリッター内でゲンヤがどんな人物なのか気になっているらしい。
廊下を歩いていると、金髪に白衣の女性が受付と話しているのを見つけた。嫌な予感がしたので、遠回りすることで回避する。
受付からは探るような目線を受けた。シャマルさんからですと伝えられながら弁当を受け取った。
毎日人物に弁当を受け取る自分のことはどう思われているのだろうか。この女性が噂好きでないことと、これ以上のことにならないことを祈った。
祈りは届かない。
「こんにちは、ゲンヤ三佐。これ、はやてからです」
次の日は歩いているところを同僚がいる中で赤い少女、ヴィータに呼び止められた。
じっと顔を見られた後、弁当を渡される。
ひそひそという周りの話し声が痛かった。
人の口に戸は立てられない。
すでにゲンヤは内縁の妻がいると噂の的になっていた。ヴォルケンリッターの主、はやてはたまにこちらに顔を出すため、知られていたのだ。
ゲンヤは胃をキリキリと痛めていた。
妻が亡くなっているからこそ浮気扱いはされないけども、この年齢差である。教え子に手を出した教官という目線も感じる。また、そのつもりはないのに逆玉というやっかみもある。魔導士ランクSSにして、六課を立ち上げたはやては有名人なのだ。そのことをも噂の広まりに拍車をかけていた。
ゲンヤは何もしていないと発言するも信じる者はいない。絶対何かあっただろうと疑われている。
存在しないことを証明することはできない。悪魔の証明である。どうすることもできなかった。
はやて本人がやってきたのは、ちょうど噂の広まりと盛り上がりがピークに達しようとするころだった。
はやてはやたら上機嫌だ。弁当は作るものの、顔を合わして話をすることはできなかったのである。会えただけで幸せそうだった。
ギンガにゲンヤの休日のシフトを調べてもらい、すでに自分の休みもそこに捻じ込んでおいた。今日はデートをその日に申し込むつもりである。服装にも化粧にも気合も入っていた。
また今日、この時間にゲンヤがいることは確認済みである。
乙女なオーラが全開である。噂の中心人物の登場に周りの視線を集めているが、ゲンヤ以外視界に入っていない。恋する乙女は無敵だった。
これから何が起こるのかと、ギャラリーの期待が高まってロビーは落ち着かない雰囲気に包まれている。
「こんにちわ、ゲンヤ三佐。お弁当いかがでしたか」
「おう、はやて。そのことでちょっと話がある。こっちに来い」
ちょうどその場にいたゲンヤはこめかみの辺りに頭痛を感じた。
弁当という単語に周りの緊張の度合いが高まる。ゲンヤはため息をついた。
「はい、どこへでもついて行きますよ」
ゲンヤが向かった先は自分の執務室だ。こんな周りが耳をダンボにしているところで話なんてできない。
残念がる舌打ちがどことなく聞こえた。天罰にあたればいいと思う。
扉を閉めると完全防音の部屋により、外のざわめきが遠くなった。
はやてはゲンヤと密室に二人きりになって落ち着かなくなっていた。そわそわしている。
「八神よ。弁当はうまかったぜ」
はやての顔がぱああと、花咲くように喜びに染まる。
妻が死んでからというものの、ナカジマ家の料理事情はあまりよろしくなかった。特に料理が得意だったスバルが六課に移ってからは外食に頼りきっていた。ゲンヤはできないことはないものの、忙しさと不慣れさであまりやらない。ギンガに料理をさせるような自殺願望はゲンヤは持ち合わせてはいない。
はやてからの弁当の提供はその点で言えばありがたかった。
だが。
「けどな。これはやりすぎだ。迷惑だぞ」
「ええっ?! そうやったんですか」
はやてはこの世の終わりのような表情を浮かべた。
「お前の弁当のせいでこっちは噂になってるんだ。煩くてしかたない」
「考えが足らず、すいませんでした……」
「それにお前さんところのヴォルケンリッター。全員時空管理局に入隊しているだろ。しかもシグナムやヴィータは隊長格だ。何ふらふらさせているんだ。指揮官は他人を使い走りにする仕事じゃないんだぞ」
「誤解です! 命令したわけじゃないですよ。みんながゲンヤさんの顔が見たいったんで頼んだだけです」
「そのあたりの事情はザフィーラから聞いている。けどな。第三者からの視点は考えたか」
「うっ。それはそのう……」
「改めて言おう。部下をプライベートで動かすとは何事か! ただでさえ風当たり強いだろ。周りの目に敏感になれ」
弱冠19歳にして六課を立ち上げたはやての才能を妬む声はまだまだ大きい。
外部から見て、危なっかしい面がある。
付け入る隙をわざわざ作ってはいけない。こんなことははやてにもわかっているはずだ。今のはやてはらしくない。
「はい……」
自覚しているのか、はやては黙り込む。ゲンヤは必要以上に言い過ぎたかと、少々反省した。
「俺からの話は以上だ」
「あの!」
一際大きい声ではやてはゲンヤを引き止めた。
「なんだ?」
「お弁当……もう必要ないですか?」
自分自身に問いかけるように、はやてはつぶやいていた。
実際に自分に言い聞かせるようにも思えた。
変に希望を持たせるよりはすっぱり断った方がいいだろう。
ゲンヤは気を引き締めて、はやての未練を断ち切るつもりで口を開く。
「ああ、もういらない。美味かったが、それ以上に迷惑だ」
嫌われたとしても仕方がない。むしろ積極的にそのつもりで言った。
はやてはうつむいている。
間違いなくはやては傷ついている。それも傷つける意思を持って行ったのだ。後でヴォルケンリッターに刺されることを覚悟したほうがいいかもしれない。
「車で来てるんだったな。玄関まで送ろう」
いつものように夕食に誘ってアフターケアをしようかと頭の中に浮かぶが却下する。
一度決めたことは貫こう。何よりもはやてのためだ。
「はい……、ご一緒させていただきます。あっ……」
立ち上がったはやてがふらりと足元から崩れる。
「おいっ!」
ゲンヤは咄嗟に背中に手を回し、抱き止めていた。はやては何が起きたのかわかっていないのか、きょとんとした表情を浮かべている。
「おっとすみません。急に立ったんで立ちくらみしちゃいました」
「八神。お前、寝てないんじゃないか?」
「いやですよー。ちゃんと寝てるに決まってるじゃないですか」
「……そうか」
そんなはずあるか、バカやろう。
雰囲気に騙されてわからなかったが、顔色はあまりよくない。
目の下のくまは化粧でも隠しきれていない。うっすらと浮いている。
新設した部隊の仕事は多忙を極めているはずだ。本来なら早朝に起きて弁当を作る余裕なんてない。
支える腕に力がこもる。
「ん、どうした? 八神」
気がつけば、はやての頬に血が上っていることに気がついた。
そして、その原因を理解する。
まるでお姫様だっこのような形になっていたのだ。
はやての体の細さと軽さにまず驚いた。支えているという実感がわかなかったくらいだ。
けれど一度自覚するともうだめだった。
数年ぶりにもなる女性のやわらかい感触に酔いそうになる。
どれほどこの体を酷使して、自分のために弁当を作ってくれたのだろう。
はやての想いの強さに感嘆する。
胸の奥からこみ上げてくるものがあった。
「もう、ええですよ。自分で歩けます」
「あ、ああ」
はやてが自分の足で起き上がる。
差し出した腕が空っぽになる。ゲンヤは名残惜しいと感じたのは気のせいだと思うことにした。
「もう、どこ触ってるんですか。セクハラで訴えますよ?」
はやては取ってつけたような笑顔で軽口を言う。まだ心配だったが、そこまで構える雰囲気ではなかった。
「そいつは怖いな。休むんだったらここ使ってもいいぞ」
「そんなこと言っちゃって、また誤解しちゃいますよ。見送りは結構ですので、失礼します」
止める間もなく、はやては部屋を去っていってしまった。
扉を閉める寸前、堪えるような表情を浮かべていた。そのことがやたら気に掛かる。
娘のギンガははやてとは友人関係で、この件でなにやら連絡を取り合っていたようだ。
あとでそれとなくどうなったか聞いてみよう。
「ちょっと、お父さん! はやてさんに何やったんですか!」
「ドアを開けるときはノックぐらいしろ。そして職場では大声を上げるな」
ちょうど考えていた人物が入ってきた。早すぎてまだお呼びではなかった。
考える時間も欲しい。精神的にいろいろあったので休む時間が必要だった。
だがギンガの雰囲気は追求を緩める気はない。
「八神がどうかしたのか」
「とぼけないでください! 泣きそうにしながら歩いてましたよ」
ギンガがここに来たということは、よっぽどだったのだろう。見たのはギンガ一人だけではないだろう。
これは何もなくともまだまだ胃が痛くなる日が続きそうである。
「少し注意しただけだ。別に大したことは言ってないさ」
さて、どうやって追求から逃れよう。
ゲンヤはなおもヒートアップするギンガを眺めた。
ギンガは特に母親似だ。
今は亡き妻をどうあっても思い起こさせる。
ギンガをあしらいながら、無性に妻に相談したくなった。
そういえば最後に行ったのはいつだったか。休みが取れれば、掃除も兼ねて行くことを心に決めた。
八神家は通夜の空気に包まれていた。
はやてに加えヴォルケンリッタの全員も揃っているというのに静かだった。
ここまで静かになったことはいまだかつてなかったかもしれない。
原因は一つである。
「ザフィーラの肉球はええなあ……ぷにぷにしとる……くせになるわー……」
はやてはリビングのソファーで虚ろな目を浮かべて、ザフィーラをいじっている。
帰宅してからずっとこうだった。すでに一時間以上が経過している。
ザフィーラとしても血が出るまで突付かれても、それがはやてならば構わないが、さすがにこの調子なのは心配になってくる。
「なーなー、はやて、何があったんだよ。なー」
ヴィータがゆさゆさとはやてを揺さぶるが、今ひとつ反応が薄い。ヴィータの肩に乗っているリインも心配そうだ。
シャマルとシグナムはキッチンからその様子を遠巻きに眺めていた。
「ゲンヤ三佐と何かあったんだろうな」
「でしょうね……。あんなにはやてちゃん落ち込んじゃうなんてどうしたんでしょう」
「事と次第によってはレヴァンティンを抜くことになるかもしれないな」
「ちょっとシグナム。貴方がいうと冗談に聞こえないわよ。確かに気持ちはわかるけどね」
シグナムはじっとペンダント状になっているレヴァンティンを握り締めている。
冷や汗をかきながら、シャマルはそれを諌めた。
はやてが傷つけられれば、怒りを覚えるのは自分も一緒だ。
けれど自分たちが問題を起こせばはやてに責任が行くし、はやてはそんなことを望むはずがない。
そもそもこれははやての問題なのだ。本来自分たちがしゃしゃり出ていいことではない。
「やっぱりはっきり断られちゃったのかしら」
「確かにその可能性は高いな」
はやてがあまりのテンションで、ふられたことをすっかり忘れていた。あまり重要なこととして捕らえられなかったのだ。
改めて、断られたのかもしれない。
一度言って聞かなかったので、二回目はきつい物言いだったのかもしれない。
「はやてちゃん、さすがにもう諦めちゃうのかしら」
自分たちが知っているはやてはやはり簡単に諦めるような主ではないはずだった。
「ふかふかやー……」
だが現状はやてはだめだめだった。
ザフィーラの首周りの長い毛を緩慢な手で撫で付けている。
「今のはやてははやてらしくねーよっ! なんだよ、それっ! はやては、はやてはもっと、……うまくいえねーけど、そんなのあたしの好きなはやてじゃねーっっ!!」
どうやら同じようなことを考えていたらしい。
リビングではヴィータが爆発していた。がくがくとはやての体を前後に激しくシェイクする。
「ちょっとヴィータ、いくらなんでも乱暴だぞ」
シグナムが椅子を蹴ってリビングに一息に突っ込むと、ヴィータに組み付いた。
開放されたはやてがそのままの勢いで倒れていく。
「大丈夫ですか、はやてちゃん」
すかさずそこはシャマルがキャッチした。見事なコンビネーションだった。
はやてはむっくりと頭を抱えながら顔をあげる。
「うーん、なんだか頭がくらくらするよ。でも気持ちはすっきりしたで。私を心配してくれたんよね。ありがとうな、ヴィータ」
「おうよ、はやて。いい加減離せよ、離せよシグナム」
「さっきのがやりすぎだと意見は変えるつもりはない。ちゃんと手加減は考えろ。だいたい、おまえは」
はやては憑き物が落ちたような表情を浮かべていた。
ヴィータはいまだ押さえているシグナムに文句を言った。
シグナムは開放はしたものの、説教は続ける気でいるらしい。ヴィータははやてに向きなおした。
「わかったよ。なぁ、はやて。結局どうしてあんな風になってたんだ。ゲンヤになんかされたのか?!」
シグナムの説教を、ヴィータははやてへの質問で誤魔化した。
シグナムも追撃を緩める。実際に説教よりもそっちの方が聞きたかった。シグナムや他のメンバーとて同じである。はやてへと全員の視線が向かう。
「みんな、心配かけてごめんな。うん、ちょっと欝な気分に浸りたかったんよ。自己嫌悪がひどくてなー」
ぽりぽりとはやては頭をかく。
「弁当のことで怒られてしもうた。さすがに他部署に押しかけるのは部隊を預かるもんとしてふさわしくないってな。まったくそのとおりやと思う。……浮かれすぎとったんよ。ゲンヤさんは私の指揮の師匠なんや。その信頼を裏切ってしもうたと思うとなー」
とつとつと語られる話にヴォルケンリッターは何も言えない。
そんなことは承知の上だったし、その時間を作るためにはやてが努力したことを知っている。
それが報われないというのは何よりもまず悲しかった。ゲンヤへの怒りは次である。
「はやて……。このまま諦めるのか?」
「まだ諦めんで。そんなん私らしくないんやろ? ヴィータ」
はやては完全に暗い気持ちを払拭させていた。ヴィータの頭をぐりぐりと撫でる。ちょっと痛かったが、ヴィータは我慢した。微妙に報復でもあるのかもしれない。
力強くヴォルケンリッターを見渡した。
「断られてしもうたけどな。やっぱりゲンヤさんのことが好きや。女の子らしいところ見せて意識されんとってがんばりすぎてもうた。やっぱいろいろな面で魅せて行きたいし、見ていきたいものなんよ」
「はやてちゃん……。もう立派に恋する女ですね」
シャマルがきらきらとした目ではやてを見つめる。その瞳の中にいるのは出会ったころの小学生のころのはやての姿だ。
はやては照れ臭くなって誤魔化すように笑う。
「ま、いろいろと弟子として失態を侵してしもうたからな。しばらくは大人しくはしようと思うんよ。急ぐのはやめにするわ」
今はゲンヤにあわせる顔がない。
それに一つするべき大事なことを忘れていた。どうしておろそかにしていたのか。通すべき筋があった。
端末を起動して、ギンガへと繋げる。
「あ、ギンガか? ちょう聞きたいことあるんやけど……」
ゲンヤは花束を片手に一人歩いていた。
考えるのははやてのことだった。
一度は完全に振り、先日は弁当の件で叱り付けた。
自分としては十分突き放したつもりだったが、自分が知っているはやてという少女は簡単に諦めるような玉ではない。
まだ粘る可能性も大いに残っている。
予感が的中してまだはやてが諦めていないとしたら、これから先、自分は同じような態度を維持できるだろうか。
はやてを抱きとめたことを思い出す。
あのとき自分ははやてに女性を感じていた。
確かに女性の感触は久しぶりだったが、節操がなさすぎる。
娘と同じぐらいの年齢の少女に反応してしまった、自分の男の性を思うと情けなくてたまらない。
最近は仕事の忙しさにかまけて妻の墓参りにいけていなかった。
ここ最近のことを墓前で報告しよう。
妻の思い出にひたって、一度は揺れてしまった自身を見直そう。
同じく休暇だったギンガにも声をかけようかとしたが、ギンガは会話することもなく早々に外出してしまっていた。
最近、ギンガとは仕事以外で会話をしていない。
何を思って、自分とはやてをくっつける手伝いをしていたのだろうか。
「近頃の若い者は何を考えているのかねっと」
墓地の中を歩きながら、ゲンヤは一人つぶやく。
自分を思うはやてもそうだし、友人を親とくっつけようとするギンガもだ。
妻のデバイスを大切に使っているし、自分の母親のことをどう思っているのだろうか。
はやての件がまだ長引くようだったら、話をしようと心の予定表に書き込む。
目的地であるナカジマ家の墓石が見える位置に来た。
「なんでギンガと八神がここにいるんだ……?」
そこには見慣れた二人のシルエットがある。
ゲンヤは思わず立ち止まってしまった。
人の気配に気がついたのか、はやてはゲンヤの方を振り向いた。
予想外の出現に驚いている。
つられてギンガも気がついたらしい。
理不尽な居心地の悪さを感じた。
けれどここまで来た以上逃げるわけにはいかない。
凝視される居心地を悪さを感じながら、二人のいる場所に近づいた。
「お父さん、どうしてお墓に来たんですか!」
「なんでって、休日で暇だったからな。たまには来ないとこいつもさびしがるだろ」
墓は綺麗に掃除された後だった。水で砂埃が落とされ、磨かれた石は陽光を反射させている。
据えられた花瓶には瑞々しい白い花が添えられていた。
自分にはもはやすることは残っていなかった。ここまでよくやったものだと感心する。ギンガだけではこうはならないだろう。
「お邪魔してます。お花、ちょうど今やったところなんで私がやりますよ」
「いや、自分でやる。せっかく来たんだし、このくらいはしないとな」
はやてが近づいてくるが、ゲンヤは手を振って断った。
ギンガの目元がきつくなる。この前の件で、はやてにきつくあたりすぎだと目くじらを立てられていたことを思い出した。当然のように気づかない振りをして無視する。
花を包んでいた包装を解き、すでに花瓶のまだ空いている隙間に差し込む。
なみなみと入っていた水がその分だけ溢れた。
ゲンヤもはやてたちも自分たちだけだと思っていた。花の量は合わせると普通よりも多い。
後から入れた方がはみ出しているような形になってしまっている。
見直して、やり直すかとゲンヤが思ったところで横から手が伸びてきた。
「ゲンヤ三佐、それじゃ不恰好ですよ。ちょう、私にやらせてみてください」
はやては花束を全部抜き取ると、それらをより合わせて一つにする。
ゲンヤが持ってきた花は薄い青の花だった。
適度に混ぜ合わせると、ぎゅっと束ねて花瓶へと差し込んだ。
見栄えがいいように、指先で微調整して見栄えに気を使う。
ゲンヤは細いはやての指の動きを見ていた。正確に言うならば見とれていた。
滑らかに花を整えていく感性は女性ならではのものだ。
自分より手際よく、行う様を見ると敵わないと思う。
ここ最近自分が食べていた弁当のことを思い出していた。この指があの料理を作り出していたのだ。
はやての作る料理は実家で食べるものと似ている。
先祖の出身地のせいか、やたらと故郷を感じてしまう味がした。
妻の墓前にも関わらず、いいなあと思ってしまう自分を止められない。
「そんなじっと見られると照れますよ」
左右一対ずつある花瓶を整えたころ、はやてはやっとゲンヤが自分をじっと見ていることに気がついた。
もともとゲンヤがしていたところに割り込んだ形だったので二人の距離はくっついていると言っても過言ではない。はやての頬が熱を持って赤くなっている。
「すまんな」
内心の動揺を気取られないように、ゲンヤは一歩後ろへと下がった。
「できましたよ。どうでしょうか」
「上手いものだな。随分手馴れていて手際がいいな」
「私、両親は小さいころに亡くしちゃったんですよ。ですんで、慣れてるんです。あ、気にしないでいいですよ。リインフォース、ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ……。みんながいるから寂しくはないです」
「家族なんだな」
ここ最近騒動を持ってきていた面子を思い出す。
語る名前には想いがこめられていた。はやてが家族のことを大事に思っているのが伝わってくる。
「でもやっぱ親が恋しかったのかもしれません。私がゲンヤさんのことが気になりだしたのは、お父さんがいたらこんな感じやろうなって思ったことからなんです」
唐突に始まった告白劇に手荷物を落としそうになる。
平常心、平常心とゲンヤは内心つぶやく。
「……今もその勘違いが続いているんじゃないか。俺はただの取りえないのない中年だぞ」
はやては首を横に振る。ゲンヤへ向けて、真摯な瞳でこたえる。
「そんなわけないです。私はちゃんとゲンヤさんのことが好きですよ。きっかけは確かにそうですけど、ちゃんと男性としてお付き合いたいです。本日は奥さんに宣戦布告にきました」
はやては墓石に向き直った。背筋を伸ばし、墓石を見据えた。
「八神はやてといいます。まだ青二才で至らぬところばかりですが、背負うべき愛する人たちと、共に生き、笑っていきたい。そう思ってます」
真剣な顔で言い切った。
ゲンヤはあっけに取られて、呆然としている。
はやては深く息を吸って、吐き出した言葉を続ける。
「今はゲンヤさんにとっては小娘ですけど、いつか一人の女として、あなたと向き合いたいと思います、その時はお覚悟下さい」
はやてがじりじりと耳が赤くなっていく。語る相手である本人もいるわけで、恥ずかしくてたまらないのだろう。
「それじゃゲンヤ三佐。失礼させていただきますっ」
はやては落ち着いた風を装うっているが、まるで隠せていなかった。
勢いで立ち去ろうとしていたはやてをギンガは引き止める。
「あれ、もうはやてさん、帰るんですか?」
「うん、ゲンヤさんの邪魔したら悪いしなぁ。一人で帰れるから気にせんでええよ」
ここはナカジマ家の墓地だ。自分は部外者である。
死者との語らいを邪魔するつもりはなかった。
「私も一緒に帰りますよ。せっかくですから、うちに遊びに来ます?」
「えっと……ええんでしょうか?」
はやてはゆっくりと後ろを振り向いた。ゲンヤとしては反応に困る質問である。
「何で俺に聞く。ギンガが友達を招くのを俺は止める気はないよ」
「そうですか。ありがとうございます。」
ぺこりと頭を下げると、二人は去っていった。
「もういっそ泊まります? 今日はのんびり話したいです。フェイトさんの子供のころの話も聞きたいですし」
「明日仕事やけど……着替えは一式隊社に置いてるからええかな。じゃ、今晩の料理は期待しててや。腕によりをかけるで」
「うふふ、楽しみにしてますね」
そんな話し声は遠ざかっていった。
墓地に本来の静けさが帰ってくる。
ふうと腹に溜まっていた息を吐き、改めて墓へと向き直った。
ぽりぽりと頭をかき、あらぬ方向へと視線を向ける。
「あー、なんだかな。いろいろ話したいことがあったけど、忘れちまったよ。お前もさっき聞いただろうが、教え子に付きまとわれてるんだ。こんなことを言うとお前に怒られそうなんだが、こんな中年のどこがいいのかね」
はやての想いが真摯なのは伝わってきている。
しかし実際にそう思ってしまうのでしょうがない。
いつかはやても夢から覚めるだろう。その日は遠くないに違いない。
そのことを考えると、残念だと思う自分がいた。
いずれ向こうの方から飽きてくれるだろう。
「なんでかギンガもなんだか乗り気だしな。しばらく様子をみようと思う」
それまでははやての気持ちに付き合ってやろう。はやての熱意は久しく恋愛から離れていた身には眩しくて、新鮮に感じていた。
そう思っている時点ではやての勢いに押し切られているな、と自覚する。
墓地は静かだ。聞こえるのは風の音だけである。
死者は何も語らない。ここにあるのは冷たい石だけだ。
空を見上げると、底抜けに晴れた青空だった。
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